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アドバルーン

ペンネーム:ミントグリーンさん


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間隔の長い街灯は、橋全体を照らすには十分ではありません。橋のほとんどは影に呑みこまれ、足元もおぼつきませんでした。それほど夜遅いというわけではありませんでしたが、人通りは全くありません。私は心細さを感じながらも、いつも通り買い物に行くため、この橋を渡っていました。

橋の中腹へ来たとき、川面から妙な物が浮んでいるのに気がつきました。水面から伸びるように浮んでいる煙――いや、あれは靄でしょうか。それにしては靄が一箇所に固まっているというのも、おかしなものです。

不思議なこともあるものだと、私は欄干に近寄り、その靄をじっと見つめていました。靄は川に沿うように茂っている草木を覆い隠すように辺りに広がり出します。そして一瞬にして私の視界を白く染めました。

それでもじっと川の向こうを見ていると、靄の中を何か大きな影が動きました。猫ではありません。猫にしては大きすぎるのです。いえ、人間より大きいのかもしれません。ここで少し怖気が走り、私は後ずさりました。

しかし影の主はそんなことにはおかまいなしで、近づいてきているようで、影はだんだんと大きくなり、ついにその姿を現しました。

私はその正体を目にすると同時に、一目散にその場をあとにしたのです。あの時の光景は二度と忘れられないでしょう。深い靄を分け入って出て来たのは、顔が異常に大きな男だったのです。顔はアドバルーンのように膨らみ、右半分が欠損していました。吊り目の瞳をこちらへ向け、私と目が合うや否や、さもうれしそうににやりと笑ったのです。

その時の私は心臓がはね上がり、足がすくんで動けなくなりました。それを好機と思ったのか男は、私の目と鼻の先まで迫ります。私は逃げようとするのですが、身体が思うように動きません。男の顔は息がかかりそうな距離まで近づいています。

――と、男が冷たい微笑を浮かべると同時に、水風船を突いたかのように顔が弾けました。一瞬の間に煙状に化けると、そのまま木枯らしに溶け込んでいったのです。それ以来、どうしてもこの橋を通らなければならないときは、昼間通ることに決めています。本当に怖い体験でした。

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