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ブランコに座る女
ペンネーム:せんちゃんさん
下校途中の坂道に公園がある。それほど規模の大きい公園ではない。ブランコとすべり台、そのすべり台の着地点におなぐさみ程度の砂場があるだけの公園だ。
その日、私は何となく家に帰りたくなかったのでそこで時間をつぶしていた。小さな公園なので普段からそれほど人気がなく、人が居ることは稀だった。クラスメートが数人、たまに遊びに来るぐらいのもので、大抵の人は素通りしてしまう。
私はブランコに揺られながら公園の中央に鎮座する大木をぼんやりと眺めていた。ランドセルを背負った少年が二人、グローブとボールを持ってやってきた。クラスメートであった。彼らは私に気づくとすこし話をしてから、互いに間を取って、白い球を投げあい始めた。私はといえば、まだ家に帰る気がせず、放物線を描く白球を目で追っていた。
――と、目の端で妙な物を捉えた。おずおずと視線を私の隣のブランコに向ける。女が座っていた。思わず心臓がはね上がった。いつの間にこちらへ来たのだろう。すくなくても私がこの公園に来たときには誰もいなかったのに。クラスメート二人がやってきたときに一緒について来たのだろうか。それにしたって、足音ぐらいしてもいいものだが。
私と同じように女は特に何をするでもなく、ただブランコに座って、じっと地面を見つめている。腰の辺りまで伸びた長い黒髪が顔を覆い隠しているため、女の表情はよくわからない。何日も風呂に入っていないのか頭髪は、脂ぎりだいぶくたびれている。白いシャツの上に明るいピンク色のカーディガンを羽織っているが、どこかその服装は古くさかった。そういえば、履物も靴ではなく、サンダル履きだ。外に洗濯物を出すときに履くような、簡素なサンダル。泥がこびり付いて汚れているせいで、そう思えるだけだろうか。やはり、いまどきの代物には見えなかった。
それから数日経っても、私は公園通いを続けた。その度に、あの長い髪の女がいつの間にか私の横に腰かけていたが、なるべく気にしないようにしていた。このときはまだ怖い――という意識は特になく、すこし気持ちが悪いな程度にしか思っていなかった。もしかすると、あのクラスメート二人がしょっちょうこの公園へやってくるため、心強かったのも影響していたのかもしれない。
ある日、学校で私は例のクラスメートと話をしていた。自然と話はあの公園のことになったので、私はあの気味の悪い女の話を始める。ところがクラスメートは、
「何言ってるんだよ。いつも、あそこには俺たちしかいないじゃん。変な奴」
と言うのである。
私はいつも私の横に座っている女だよと、重ねて訊いてみるが、やはり見たことがないそうだ。初めは私をからかうためにウソをついているのかと思ったのだが、そのような素振りも全くない。クラスメート二人は訝し気な表情を浮かべながら、廊下へ行ってしまった。
それでは、あれは何だったというのか。私にしか見えないのだろうか。この時、初めて暗闇に閉じ込められたような恐怖が頭をもたげたのだった。その話をした当日、私は例の公園で例のようにブランコに腰かけていた。怖かったが、なぜか行かなくてはいけなような気がしたのだ。いま思えば、私が見ている女は人間だということを確かめたかったのかもしれない。
その日は、例のクラスメートは二人とも来なかったので、公園には誰もいない。もしかすると、あんな話を私がしたので、怖くなって来なかったのかもしれない。公園の周りも、元々活気のある道ではないので、あまり人が通らない。しかし、あの女はいつまで経っても現れなかった。気がつくと、夕陽が公園をオレンジ色に染めあげている。
私は諦めて家に帰ることにした。公園を出るとき、ふと何の気なしに振りかえると、ブランコに座る人影がある。あの髪の長い女だ。女はいつもと同じように地面を見つめて微動だにしない。私は興味を惹かれて、引きかえす。そして、なるべくさり気ない様子を装いながら、女の前を通り過ぎる。だが、やはり、女は動かないし、表情もよくわからない。
明るいピンク色のカーディガンから覗いている手だけを見ると、若い女の人なのだろうと思った。手に皺は浮かび上がっておらず、白くて張りのある肌が印象的だ。たしかに気持ちの悪い人物ではある。いつ公園に来たのかもわからない。だけれども、やはりどこから見ても普通の人じゃないか。ただ、クラスメート二人が気がついていないだけだ。
私はそう思い込むと、俄然勇気が湧いた。そうだそうにちがいないと、自分に言い聞かせ、家に帰ろうと、公園の入口へと向う。自然とまたその女の前を通ることになる。
――と、女が動いた。
私の知りうる限り、初めてのことだった。女はゆっくりと夢遊病者のように立ち上がると、異様に痩せている両腕をおもむろに持ち上げる。両手を顔の前に持ってくると、彼女の顔にすだれのように垂れ下がっている髪の毛をつかんだ。
丁度、夕陽が女の顔の正面にスポットライトのように当たっている。女は髪をじわりじわりとどけた。夕陽に照らされ輝く、その顔を見たと同時に、私は喉が裂けんばかりに悲鳴を上げた。そのまま一目散に公園を駆け抜けて、家路に着いた。
それからというもの、あの公園には二度と近づいていない。あの女がこの世のものではないとわかったからだ。あの女の顔、それは、頬がこけ、顔に皺が波打ち、目の落ち窪んだ老女だったのだ。顔の右半分はえぐりとられたかのように欠損していた。目鼻があったはずのところには、ぽっかりと大穴が空いており、傷口が生々しい。女は恨みがましい眼差しをこちらへ向けて、しかし口元には笑みを浮かべていたのであった。いまもあの公園はそこにある。
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