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オーダー待ち

ペンネーム:きょうこちゃんさん


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アルバイト先の飲食店には、お客さんを案内してはいけない席があります。以前、店長にその理由を訊くと、
「水漏れがするんだ」
と真剣な表情で言っていました。

なるほど、たしかによく見てみると、壁に小さな亀裂が入っており、そこから水が申し訳なさそうに漏れ出ています。水は壁を伝わってお客さんが座るイスの上に、水たまりを作っていました。

その日は、お店が最も忙しい曜日で、私も他の店員さんも休む暇もなく動き回っていました。例のお客さんを案内してはいけない席を除いて、全てのテーブルが塞がってしまっています。店の入口では、空席待ちのお客さんが列をなしていました。

――ふと、例の席に目を向けると、女の子がひとり座っています。年齢は、18~20といったところでしょうか。肩にまでかかった髪を血の気のない頬にたらしています。彼氏を待っている。お洒落に着飾った服装を見て、そう思いました。誰があの席に案内したのでしょうか。あれほど店長がお客さんを通してはいけないと言っていたのに。さらに驚いたことに、お水が出ていません。私は慌ててお水の用意をすると、例の席に向いました。

女の子は私が近づいても顔を上げようとせず、ただじっとテーブルの一点を見つめています。私はお水を出し、注文が決まったら呼ぶように言いました。女の子はかすかにうなずいたように思えます。なぜ思えると曖昧に言うのかというと、あまりにその女の子の動きは微細で、わかったのかわかっていないのか、さっぱり見当がつかなかったからです。

変なお客さんだなとは思ったのですが、お店は少しも休まらず、いつしかその女の子のことを忘れてしまいました。午後の8時を過ぎたころです。お客さんが少し引けたときに、私はあの女の子のことを思い出しました。例の席に目を移すと、すでに誰もいません。テーブルの上に私が持っていったお水が、置き忘れられたかのようにそのまま残っていました。

いつ帰ったのでしょうか。私はあの女の子が店の外へ出たところを見ていません。お店が忙しかったので、見逃したのでしょうか。私は厨房に入ると、あの席でオーダーがあったかどうかを確かめました。オーダーは何もありませんでした。その時です。私の右肩の辺りから、
「おおっ……」
と男の低いくぐもったうめき声のようなものが、響きました。私は背筋が凍り、振り返りますが、誰もいません。一瞬にして汗が引いてしまいました。あとで、他の店員に例の席に女の子が座っていたよねと訊ねましたが、誰もあの女の子の姿を見ていませんでした。

私は初めて、店長があの席へお客さんを案内してはいけないと言った、意味がわかりました。それからというもの、あの女の子の姿も見ませんし、男のうめき声も聞いていません。しかし、時折、私があの席のそばを通ると、スタッフ呼び出し用のボタンが鳴るようになりました。彼女はいまも、私がオーダーを取りに来るのをじっと待っているのでしょうか?

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