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繰り言

ペンネーム:美咲さん


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その日、私たち一家は海を見にB岬へ行きました。思いたったのが遅かったせいもあり、着いたころにはすっかり夜になっていました。近くの駐車場に車を止め、B岬の切り立った崖へ行くと、私たち以外人は誰もいません。

夕日の名勝地として有名なB岬ですが、さすがに夜になってしまうと皆帰ってしまうようです。B岬の崖の先端に立ち、黒ずんだ海を眺めていると、ふと背後に視線を感じました。ああ、観光客が来たのかなと、私がうしろを振り向くと、誰もいません。

しかし、誰もいないはずなのにたしかに強い視線は消えることなく、私を射ぬいています。私は暗闇に目を凝らし、あたりをじっくりと観察しました。――と、暗闇の中でなにかが蠢いたのに気づきました。

一人、二人、三人、四人……いえ、それ以上のたくさんの人々が、暗闇の中明かりも持たずに、潜んでいるのです。いつここへ来たのか、人が来たのであればその気配があっても良さそうなものです。

しかし、彼女たちはまるでそこに浮かび上がったかのように唐突に、その姿を現したのでした。B岬一面に座り込む黒い影たち。私たちを取り囲むように迫ってくる視線。もしかして人ではないのではないかと、私が考え始めたその時、影の中のひとりがゆらりと立ち上がりました。

足音も息遣いも感じられない、その人物は、まっすぐ私に向かって歩いてきます。そして、息がかかるのではないかと思われるほど近くに立つと、
「――」
ぼそりとつぶやきました。しかし、なにを言っているのか聞き取ることができません。

それでも、その影はくり返し、くり返し同じ言葉をつぶやているようでした。そして、つぶやく度にだんだんと声のボリュームも大きく、はっきりとしてくるのです。そして、何度目かのつぶやきで私ははっきり彼女の言葉を聞き取ることができました。

「いましあわせでしょう?」
こう訊ねていたのです。ですので、私は心の中で、
「そんなことない」
と答えました。いま思えばこれが悪かったのです。

私が心の中で、言葉を発するや否や、女はさっと顔を上げました。とても普通の人間とは思えない速度で、顔を上げたのです。それが合図だったのか、彼女たちを覆ってい影がベールを取るようにさっと晴れて、彼女たちの姿がはっきりB岬に浮かびました。

皆、一様に防災ずきんをかぶり、顔は灰色。古い時代の服を来て、私をにらみつけます。皆が皆、私をじっとみつめ、同じ問いをくり返します。
「いましあわせでしょう?」
「いましあわせでしょう?」
「いましあわせでしょう?」
ああ、この人たちこの世の人たちじゃないんだ。

私はいまさらながらそれに気づき、後悔しました。答えなど言わなければよかったと。いつの間にか、辺りの空気は妙に冷たいものになっており、背筋に悪寒が走ります。寒いのに汗が止まりません。気絶してしまいそうな雰囲気に飲まれながら、私は心のなかで叫びました。
「いい加減にして! あなたたちはもう死んでいるの!」
責めるような質問攻めが止みました。途端、にらんでいた鬼のような形相が崩れていきます。

涙を瞳いっぱいに溜めて、彼女たちはうつむきます。そして、私から一番遠い影から徐々に消えていきました。最後に私に一番近寄ってきた影が消えて、B岬は元の平穏さを取り戻しました。B岬で昔なにがあったのか、なぜ彼女たちが現れたのかいまだによくわからいないのです。

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