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嗚咽2

ペンネーム:会議さん


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※この体験談は「第129話 嗚咽1」の後編です。もし、前編をご覧になっていない方はまず、前編をご覧になってからこちらの後編をご覧下さい。
「第129話 嗚咽1」前編はこちらです。

あれから数ヶ月経った。その日は、たまたま仕事が重なってしまい、終業時間に社内に残っていたのは私だけになってしまった。出来るのならば、正直会議室になど行きたくない。このまま帰ってしまおうか。

だが、万が一会議室の電気が点いたままだったらと思うと、帰るわけにもいかない。音を極力立てないようにして会議室のドアを、開ける。室内は、真っ暗闇だった。幸い、ファーストフード店のカウンター席のようになっているところに、例の男は座っていなかった。

私は胸をなで下ろし踵を返す――返そうとした。しかし、ここで私の足はピッタリと動かなくなってしまう。いま、目の前に居る人物から目を離せなくなってしまったためだ。白いラフなTシャツに膝が破れているGパン。

あの悲哀に満ちた男が、ドアを入ってすぐのイスに座っている。いままでにはない、袖が触れ合うほどの距離で男を見てしまい、私は動揺した。近すぎるというのも恐怖を煽ったが、それよりもっと気にかかったのは、どこか男の様子がちがうところだった。

普段はあのカウンター席で頭を抱えてうつむいていたのに、今日は顔をしっかり上げている。何もないはずの虚空を、ぼんやりと眺めている様は、不気味そのものだった。私は男を刺激しないように、そろりそろりと歩き始める。

呼吸をするのもはばかれるような、緊張感だった。部屋を出て、ドアを閉めようとしたその瞬間、男がこちらを振り返った。いや、振り返ったというよりももっと異様な情景で、まるで写真を一瞬の内に取り替えたかのように、気がついたらもうこちらを見ていたのだった。

男と目が合い私は思わずその場で尻もちを着く。足がわなわなと震え、立ち上がれない。視線は男の顔に釘付けだった。男の顔に、右半分はなかった。そこはポッカリと黒いだけの穴が開いている。ゆらりと男は立ち上がると、私を見下ろしながら口角を上げる。

もちろん、左側しかない唇を吊り上げたのである。そして、ドアノブを握ると、ドアを叩きつけるかのように思い切り、閉めた。私はしばらく放心状態で、ぼんやりと会議室のドア眺めていた。10分ほど経ってから、ようやく帰ろうという気になり、私は立ち上がる。

――と、耳元、吐息がかかるのではないか思われるほどの近距離で、嗚咽とも忍び笑いともつかない声が、響いた。その日、そのあとどう帰ってきたのかは、よく覚えていない。会議室にいるあの男は何者なのか、それはいまでもわかっていない。ちなみに、私はまだあの会社に通っている。

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